2008年12月29日

他人に興味を持ってみよう

■相手に質問する人と自分の事ばかり語る人

世の中には他人に興味を持つ人と持たない人とがいる。
極端に言うならば他人について知りたがる人と、自分の事ばかり語る人の事である。

他人に興味を持つ人は、相手の名を覚えるのが早い。
暇があれば他人の事を知りたがるのだから、
彼等の生きる姿勢は、人見知りのような防衛的な態度ではなく、
世界に対して非常に積極的である。

それに対して他人に興味が持てない人の多くは、
相手の事を知りたがる代わりに、
自分を語るに依存する。
彼等の会話は一方通行である。
何故なら彼等は会話そのものが目的で話しているのではなく、
相手に如何に自分を印象づけるかを目的に話しているからだ。

この場合、彼等は自分自身に依存しているのではなく、
『他人の目に映る自分の姿』に依存している。
これが所謂ナルシシズムである。

さらに、この手の人物は自己不在である。
自己不在が故に、彼等は自分を「語らなければならない」動機によって語る。
そして実は、彼等がそのように自分を語り続ける事によって、
彼等の『人々に自分を語らなければならない理由』は強化されてしまう。
すなわち、嬉々として自分を語れば語る程、彼等の心の中はますます空虚になっていく。


■自信のある人は相手に興味を持つ

もし我々に本当の自信が備わっていたのなら、
必死に自分をアピールする必要などない。
他人の目から見た自己像への執着からは離れて、
必然的に新しい世界へと興味を持つ。
それが目に映りゆく景色なり、
目の前の相手の名前なりである。

つまり他人に興味を持つ人というのは
自分に対する信頼感の充実した(自信のある)人である。
自分は愛される存在であると確信している人である。

また、このような人は他人と同様に
(奥深い)自分自身にも十分な興味を持って接してきた。
故に、尚一層このような人は自分を信じる事が出来るのである。

他人に興味を持てない人は、
自分に執着しているのだ。執着しているという事は、
つまり『相手に好かれなきゃ』という脅迫観念によって
歪んだ自己像にしがみついているのである。
このような人はありのままの自分自身に特別な価値を見いだせていない。
自己への強い不信感によって、
自分自身がどうしても興味の対象になり得ない。


■では、彼等のような人が他人に興味を持つにはどうすれば良いのか

愛情とは意思である。

同様に、他人への興味もまた、意思によって強化出来うるものである。
要するに、自分に『相手を知る事』を課せば良い。
そうすれば貴方は相手を観察するしかない。質問をするしかない。
そうこうするうちに、相手の目に映る自分像に構う暇などなくなるだろう。
何故なら、相手に興味を持つ事と、相手の目に映る自分像に執着する事は、
真逆の行為だからだ。

相手を知ろうとする事は、自己像への執着を手放す事と同義である。

俺は自分に言い聞かせたい。
「とにかく他人に興味を持ってみよう」。
彼等が身につけているもの、表情、言葉遣い、動きを良く観察し、
意見を言ってみよう。
何故彼等が、そのようにあるのかを質問してみよう。
そして、彼等の言う答えと出来る限り素直に向き合ってみよう。

恥ずかしがる事はない。素直さは、実はどうあっても決して恥にはならない。

そして1日頑張ってみただけで、驚く程謙虚な自分になれる。
そうして生まれた自然な謙虚さが、情緒を安定させ、自信を生む。








yuji_barman at 02:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! 生き方コラム 

2008年12月28日

優しくなりたい

「優しくなりたい」という人はそう珍しくもあるまい。
しかし、その動機に着目すれば、
『自分の為に優しくなりたい』のか、
それとも『他人にちやほやされる為に優しくなりたい』のか、同じ優しさでも内容は二極化する。

前者はある意味、相手の為に自分を捨てていなければ成立しない。
エゴではなく真の優しさである。

後者はナルシシズムであり、相手の目に映る自分に執着し、
とにかく他人を丸め込めば良いのであるから、実際の相手の幸福は求めていない。

このような人が手に入れるのは真の優しさではなくエゴである。

『自分の為に』と言える人が、
自分を捨ててまでして、本気で他人の事を考えている。
その行動がそのまま、静かなる喜びに繋がる人である。





yuji_barman at 00:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! 日記:他 

2008年12月26日

大事に生きる

大事にご飯作ると謙虚になる気がする。
なんでだろう?

ゴハンだけじゃない。
大事に何かを作ると謙虚になる。

大事に出来ているかどうかは別として、
『大事にする』というその動機が、

どうにも俺を謙虚にしてくれるらしい。

1日を大事に生きる、みたいな事は仏の道ならずとも良く言われる事だが、
これが意外に難しい。俺たちには、1日が長過ぎるのだ。

だから、意識して大事にものを作ったり、
出勤する時、大事に一歩一歩歩いたり、
大事に目の前の人の話を聞いてみたりする。

その小さな積み重ねは、実は本当に、
自分を信じるに有効なのだ。

日々その都度、自分に小さな課題を与えると良い。
殆どの人にはくだらない事にしか聞こえないだろうが、
俺にとって明日の朝空を見上げて歩きだす事は、
大いなる一歩だ。

明日は晴れるらしい。
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