2008年09月04日
『自信』加藤諦三 著
すでにこのブログでも名前が出ている
社会心理学者の加藤諦三さんの著作を紹介しておこう。
『自信』 加藤諦三著
氏の著作は非常に多いんで、一冊を選ぶとなるとなかなか大変だが
これは僕が初めて読んで、衝撃も一番大きかった作品である。
早稲田大学を定年で退官された加藤氏だが、
理工学部に籍を置いていただけあって、
この本も心理学というイメージにそぐわず、
非常に論理的な構成をしているように思う。
その分混乱した頭の我々ACには解りやすくもあるが、
同時にグローブ無しで直にぶん殴られたような衝撃も否めない。
( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン
どうやら彼の作品を読む人の中には、
途端に青ざめたり不機嫌になったりする人も多いようである。
いずれにせよそれだけ直接的っていうか、
道徳的には本来語られるべきではない
タブーみたいな事柄もばっさり両断している。
特に親子関係の記述においては、
賛否両論のようである。
それだけに日本人の抱える精神的病理のややこしさと、
根深さを推察せざるを得ないが。
僕が読んだこの本は、
とにかく『自分を信じる心とはどのように成立するか』って事と
『どうすれば今からでも自信をつけられるか』って事が書いてある。
書いてあるんだけど、その際、遠慮せずに書いてある。
つまり人が耳を覆いたくなるような
痛々しい事実を遠慮せずに書ききっている。
ある意味、とってもロジカルなハウツー本の赴きもあるが、
いずれにせよ僕の様にチルッた人(アダルト・チルドレン的な意味で)
にはそれ相応の衝撃があるはずだ。
←クリック(人∀・)タノム!
社会心理学者の加藤諦三さんの著作を紹介しておこう。
『自信』 加藤諦三著
氏の著作は非常に多いんで、一冊を選ぶとなるとなかなか大変だが
これは僕が初めて読んで、衝撃も一番大きかった作品である。
早稲田大学を定年で退官された加藤氏だが、
理工学部に籍を置いていただけあって、
この本も心理学というイメージにそぐわず、
非常に論理的な構成をしているように思う。
その分混乱した頭の我々ACには解りやすくもあるが、
同時にグローブ無しで直にぶん殴られたような衝撃も否めない。
( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン
どうやら彼の作品を読む人の中には、
途端に青ざめたり不機嫌になったりする人も多いようである。
いずれにせよそれだけ直接的っていうか、
道徳的には本来語られるべきではない
タブーみたいな事柄もばっさり両断している。
特に親子関係の記述においては、
賛否両論のようである。
それだけに日本人の抱える精神的病理のややこしさと、
根深さを推察せざるを得ないが。
僕が読んだこの本は、
とにかく『自分を信じる心とはどのように成立するか』って事と
『どうすれば今からでも自信をつけられるか』って事が書いてある。
書いてあるんだけど、その際、遠慮せずに書いてある。
つまり人が耳を覆いたくなるような
痛々しい事実を遠慮せずに書ききっている。
ある意味、とってもロジカルなハウツー本の赴きもあるが、
いずれにせよ僕の様にチルッた人(アダルト・チルドレン的な意味で)
にはそれ相応の衝撃があるはずだ。
追記
著者は一方では『いつまでも愚痴言ってやがる』
みたいな感じで批判を受ける様である。
いつまでも愚痴言ってやがる、という事はつまり、
『著者は未だに敵意を内蔵していやがる』という事である。
僕には、どのように読んでも著者が
愚痴ってるようには見えないのだが、
そもそもこのように批判する人達は
何故この文体を愚痴と受け取れるのだろう、
という疑問が湧く。
本屋に行くといろいろなタイトルの著作が並ぶが、
著者は一貫して、幼年期からの親子関係・環境による
人格形成のシステムを解析し、
それを氏の表現によって、なるだけ解りやすく
具体的に説明しようとしてくれているようである。
その表現てのが、よく彼自身の体験談であったりする訳だけど、
それこそ著者が著者たる由縁だと思う。
体験という燃料があるからこそ筆をとるんだろう。
アダルト・チャイルドの依存の苦しみからの解放に、
その親との徹底抗戦の必要を呼びかけているのは、
ひょっとすると日本では加藤諦三さんくらいのもんかもしれない。
だとすれば叩かれるのはもはや宿命、なのかもしれない。
(ρ´Д`)⊃)´Д`).・;<コレはシュクメーなのー!
著者は一方では『いつまでも愚痴言ってやがる』
みたいな感じで批判を受ける様である。
いつまでも愚痴言ってやがる、という事はつまり、
『著者は未だに敵意を内蔵していやがる』という事である。
僕には、どのように読んでも著者が
愚痴ってるようには見えないのだが、
そもそもこのように批判する人達は
何故この文体を愚痴と受け取れるのだろう、
という疑問が湧く。
本屋に行くといろいろなタイトルの著作が並ぶが、
著者は一貫して、幼年期からの親子関係・環境による
人格形成のシステムを解析し、
それを氏の表現によって、なるだけ解りやすく
具体的に説明しようとしてくれているようである。
その表現てのが、よく彼自身の体験談であったりする訳だけど、
それこそ著者が著者たる由縁だと思う。
体験という燃料があるからこそ筆をとるんだろう。
アダルト・チャイルドの依存の苦しみからの解放に、
その親との徹底抗戦の必要を呼びかけているのは、
ひょっとすると日本では加藤諦三さんくらいのもんかもしれない。
だとすれば叩かれるのはもはや宿命、なのかもしれない。
(ρ´Д`)⊃)´Д`).・;<コレはシュクメーなのー!

