2008年09月23日

親の社会的権威

livedoor ニュース

以下原文ママ
福岡市の男児殺害事件で、母親の富石薫容疑者(35)が、福岡県警の調べに「一緒に連れて行ったトイレの中で、学校に来ないことなどを子供に責められた。子供がふびんで将来を悲観して首を絞めた」と供述していることが分かった。県警は子育ての悩みに不安を募らせ、衝動的に殺害したとみて追及している

1/2:~親の社会的権威~

 何度かこの手のテーマをコラムにしてるけど、
 これはその話題が行き着くとこまで行き着いてしまったというケースである。
 近年何度も目にするタイプのニュースだが、毎回非常にやるせない。
 今だに社会が何も対応できていないのが残念だ。

 先に書いたが、背負いきれない責任から逃れるために、
 あらゆる手を尽くす親が増えていると思う。それはそうだと思う。
 彼等にはまだ『子供』という責任は重過ぎる。そう考えると、
 「出来ちゃった婚」みたいな日本のメディア独自の言い回しは、
 僕は好きじゃない。この言葉からは冷やかしと言うか悪意のような
 ものしか感じないし、こういう風潮があると、生んでしまった親の方は
 世間体を気にして態度を硬化させてしまう。急な出産で本当は不安で
 いっぱいのはずなのに、世間の厳しい風当たりから身を守るために
 そういう内面の問題に向き合うチャンスに完全にフタしてしまう。

 フランスでは事実婚の社会的認知度が高いようである。
 親、子供、供に健全に成長するには日本にもそういう合理的な認知が
 もっと必要だと思う。国全体が親の情緒的成熟度というものに
 もっと目を向け、社会として受け入れ、彼等が自分を責める事なく反省し、
 親として成長できるような風潮を作って行けたら良い。

 以前、子供が好きで保母になった若い女性が「親でもないのに」
 という周囲の風潮に耐えきれず自害してしまったというニュースを耳にした。
 そういうところでも、日本の親の社会的権威という歪んだ認識がみられる。
 優越感は裏を返せばプレッシャーである。
 僕は、親になる事に「優越感を得る」又は「劣等感を回避する」
 という動機を持ち込む事を恐ろしい事だと考えている。
 しかもこれが結構安易に行われているように見えるのだ。


2/2:~親も普通の人間~ 
 
 僕は一応精神病患者である。病院では僕の母親と同じくらいの
 年齢の方も多く見られる。そういう人達もまた、自分の疾患と向き合い、
 家族との葛藤に苦しみながら闘っている。そして彼等の問題もまた、
 彼等の親から来たりするようである。子供のいない僕と違って、
 彼等は自分の親と自分の子供との板挟みに苦しんでいる。

 僕は「親だって人間だ」という単純な事が言いたいだけである。

 「親というものはね・・・」と何度も諭されてきたが、
 結局僕の親もまた、情緒的には子供のままであった。
 親がコレだけ子供を殺している時代に、親達自身が自分達のクビを締めている。

 子供に弱みを見せても良いのである。
 子供に責められて、言い訳が出来なくても時には理屈抜きで
 怒鳴り返して良いのだ。それによって子供から恨まれたって、
 子供の幸せには変えられないだろう。

 自分の問題にフタをする事は、最初は救われた様に思えても、
 フタをしているだけである。そこにある限り、爆発しない保証はない。
 こういう事に関して、人間は圧力鍋と似たようなものである。


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yuji_barman at 20:38 │Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ! 生き方コラム  | 日記:他

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